これまで、その地域の出身者が作詞・作曲した唱歌や童謡、曲の舞台となった場所、プロ野球チームの本拠地といった理由から選ばれていた「ご当地駅メロディー」。最近になって、駅メロディーを企業や商品の広告として利用する新たなジャンルのご当地駅メロディーが登場している。1.新しい広告スタイル「駅メロ広告」「駅メロ広告」とは、駅で列車の発着時に流れるメロディー(駅メロ)を商品や企業のCMソング等に変更すること。鉄道利用者に商品等の宣伝を行うほか、利用者に親しみをもってもらうことにより企業のイメージアップも狙える。鉄道における広告といえば、車内の中吊りや駅ホームの看板といった「見てもらう広告」が主流であるが、この駅メロ広告は「聞いてもらう広告」という新しい広告スタイルであるといえる。2.これまでの駅メロ広告これまでにも、サッポロビールのヱビスビールCMソング「第三の男」(東京都・JR山手線恵比寿駅)やサントリーのオールドウイスキーCMソング「人間みな兄弟」(大阪府・JR京都線島本駅)といった、CMソングを使用したご当地駅メロディーは存在したが、これらは商品が誕生した街をアピールするものとして地元住民の団体や自治体が要望したものであり、企業側が宣伝を狙って使用しているものではない。また、鉄道会社によってはこのような広告・宣伝を目的とした駅メロディーに良い印象を持っていなかったところもある。JR豊田駅の発車メロディーの変更を要望した東京都日野市は、発車メロディーの選曲条件の一つとして、「営利目的・企業のコマーシャルソングでないこと」がJR東日本八王子支社より提示されたという(日野市議会会議録より)。 全国初となる駅メロ広告は、2009年11月21日より神奈川県の江ノ島電鉄長谷駅で使用された日本コカ・コーラの「爽健美茶」CMソングだ。これは、「自然のチカラ」をキャッチコピーに「爽健美茶」を販売する日本コカ・コーラと、緑に囲まれた著名な歴史的建造物や観光スポットを沿線に持ち、自然が豊かな地域を走る江ノ島電鉄がタッグを組み、「自然感」という共通のキーワードから実現したもの。ほかにも長谷駅での試飲品配布やラッピング車両の運転も行われた。 一躍話題を呼んだのは東京都のJR新橋駅で2010年7月19日から使用されたサントリーのウイスキー角瓶CMソング「ウイスキーが、お好きでしょ」である。サラリーマンの街で知られる新橋は、居酒屋も多く酒類の宣伝にはうってつけの場所。同時期にテレビCMで集中的に放送されていたこともあり曲の知名度も高く、商品のターゲットであるサラリーマンが集まる駅を選ぶことで、より効果的な宣伝が行われた。 これまでの駅メロ広告の事例(使用開始日順、2012年1月現在)
3.駅メロ広告用システム開発、広がるか2011年10月26日にセールスプロモーション事業のゼンリンプロモと発車メロディー制作を手がけるスイッチが、駅メロを広告として利用するためのサービス「発車メロディーdeプロモ」を共同開発したと発表した(下記注)。このサービスは、先に紹介した「駅メロ広告」実施にあたり、発車メロディー用音源制作や音楽の著作権関連手続き、駅放送設備の設置などをまとめて行うもの。つまり、従来広告主がメロディー音源を準備したり手続きをし、その上で鉄道会社と協議を行っていたものを、このサービスに申し込むことで、実際に駅でメロディーが流れるまでの作業を両社が代行してくれる。広告主の作業が簡素化され、広告や駅メロ制作のプロに任せることでより質の高い「駅メロ広告」が実現できるほか、広告会社側にとっても今後増えるであろう駅メロ広告に備え、統一した方式を準備することで平等に対応することができるだろう。因みに例として挙げられている値段(東京都内私鉄駅)は、メロディー音源製作費・放送装置の設置費用で120万円と音源媒体貸与費・著作権料・管理費用で360万円、計480万円(1音源・広告期間3カ月。但しサイトでは実際の契約期間は6カ月単位とされている)。 このシステムについて両社は、地元に本社や工場がある地域に根付いた企業や、CMソングなどがよく知られている企業が長期にわたる広告として利用することを狙っている。2012年8月には、このシステムを使用した駅メロ広告第1号となるゼンリンデータコムの「いつもNAVI」CMソングがりんかい線国際展示場駅で使用されたほか、JRなどの路線でも検討されているという。 ○株式会社ゼンリンプロモ ○株式会社スイッチ ○ゼンリンプロモ「発車メロディーdeプロモ」 (注)2014年にゼンリンプロモは、同じゼンリングループのゼンリンデータコムに吸収合併し、同時に不採算を理由にセールスプロモーション事業から撤退した。現在このサービスは取り扱っていない。 4.利用者の反応は2012年8月9日から9月末までりんかい線国際展示場駅(東京都)で使用されたゼンリンデータコムの「いつもNAVI」CMソング。「いつもNAVI」は地図やルート検索・ナビゲーションのサービスとして利用が広がっているが、現状ではとても知られているサービスとは言い難く、CM曲も有名かといえばそうではなかった。しかしこのブランド知名度の低さを逆手にとって、発車メロディー使用と同時に「発車メロディーなんだろう?」というキャンペーンを実施。twitterを利用して発車メロディーの曲名を当ててもらいキャンペーンに応募すると、抽選でプレゼントが当たるという企画が行われた。キャンペーン終了後にゼンリンプロモが実施したアンケートでは、「当初から答えを知っていた」人はアンケート回答者の全体の24%にとどまったが、残りの知らなかった人のうち84%の人は「ヒントや自己調査で答えを知った」と回答しており、駅メロディーへの使用でブランド知名度が上がったことがうかがえる結果となった。また「駅メロ広告」の採用について「良いと思う」と答えた人は88%にのぼり、広告に協力した東京臨海高速鉄道にも特に苦情はなかったとのことで、利用者は企画に好印象を持っていたようだとの見解を出している。ただ、この「いつもNAVI」自体のサービスや今回のキャンペーンの主なターゲットが若年層であること、キャンペーンの応募方法が流行りのtwitterだったことを踏まえると、アンケート回答者は若者が多かったと考えられ(アンケート結果では年齢については発表されていない)、必ずしもアンケート結果が世論の平均的な声であるとは断言できない。 ○ゼンリンプロモ「『発車メロディーなんだろう?キャンペーン』に関する調査結果を発表」 5.駅メロディーとしての機能との両立「広告メロディー」はただ宣伝ができればよいのではない。そもそもは駅メロディー、つまり従来のベルに変わって列車の到着や発車を知らせるものであり、乗客に対して注意を呼びかけるものでなければならない。曲調や曲の長さ、テンポ、楽器などに配慮が必要で、例えばやたら暗い曲や、急かすようなハイテンポな曲は好まれないだろうし、ましてや宣伝だからといってテレビCMのように最後に商品名をしゃべるようなものではあまりにも本来の目的から逸脱している。ほかにも、周辺の環境を考えなければならない。せっかく流れる曲が「うるさい」と駅の近隣住民から苦情が来ればむしろ逆効果だ。両社の発表にもあるように、多くの利用者への支持を得るためには気を配るべきことが多く存在する。 この考え方がすべてに当てはまるわけではないが、JR東日本の発車メロディーの制作に携わったテイチクエンタテイメントは、「4小節7秒の曲の長さで乗客が乗り降りし、終止形(カデンツ、元の和音で終わること)にすることで人の心を落ち着かせ駆け込み乗車を防ぐ」という考えのもとメロディーを制作したとのこと。音楽なら何でもいいというわけではないのだ。 更にJR東日本の駅を例に挙げると、同社の発車メロディーのほとんどは車掌がボタンを押している間流れることから、運転状況・停車時間や操作次第でメロディーが最後まで流れるとは限らないため、広告主の意図したように宣伝ができない可能性があるのは駅メロ広告のデメリットとも考える。 無機質な駅のベルがいまやビジネスになるとは数十年前誰が思っていただろうか。これは「ご当地駅メロディー」全体にも共通して求められることだが、乗客の耳に入り注意を促すという役割と、「これは○○の曲だ!」と理解されるような宣伝効果を併せ持つバランスのとれた「広告メロディー」となることを願いたい。 6.最後に、当サイトでの掲載方法について●用語について「駅メロ広告」…駅メロディーを使用して広告・宣伝を行うこと。 「広告メロディー」…駅メロ広告のために使用される駅メロディー(実際に流れる曲)そのもの。 ●分類 「駅メロ広告」によって使用されるメロディーは「イベント企画メロディー」に分類して掲載いたします。なお、今後の展開や曲の採用理由によっては分類の変更も検討いたしますので予めご了承ください。 (2012年10月6日、2014年10月6日一部追記) |