旭川 6:03発
↓宗谷本線321D普通
↓(名寄から4323D、
↓ 幌延から4325D)
稚内 12:07着 |
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出発から6日。ついに日本最北端、稚内(わっかない)・宗谷岬へ向かうべく宗谷本線に乗車する。
名寄を境に運行系統が分かれている宗谷本線の中で、旭川6:03発の一番列車は現在唯一、旭川〜稚内間を直通運転する普通列車。キハ54形・キハ40系をつないだ2両編成である。 |
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15人の客を乗せ旭川を発車。すぐに進行右側には北海道の最高峰、大雪山が見えてきた。
旭川四条、新旭川、永山と各駅から数人ずつ乗車してくる。新旭川では昨日乗ってきた石北本線と別れ、永山を過ぎると沿線の建物もまばらになってきた。
この列車の通過駅は北永山・南比布のみで、後は全て停車する。
6:53、和寒(わっさむ)。ここで学生らが40人ほど乗車。案の定、名寄方面への通学列車となっているようだ。
7:05、剣淵。20人ほどが入れ替わり乗降。
宗谷本線には国鉄時代の仮乗降場を前身とする小さな駅が多い。北剣淵は防雪林と田んぼに囲まれた中、板張りのホームがあるだけ。こんな駅でも、どこから来たのか女子高生が1人乗ってきた。2つ手前の東六線でも学生が1人乗ってきており、どちらの駅ともに貴重な利用客だ。 |
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7:16、士別。40人前後が入れ替わり乗降。立ち客も増え混んできた。その後も下士別で1人、多寄で7人、風連で9人が乗車。東風連では学生6人が下車する。
7:46、名寄。学生を含むほとんどの客が下車した。ここで8分停車、後ろ1両は切り離され運転士も交代する。この先へ行く普通列車は1日4本、そのうち稚内まで行けるのは2本だけ。宗谷本線でも特に利用が少ない区間である。
乗客は11人となって名寄を発車。 |
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8:07、北星。ボロボロになった木造の待合室が見える。この駅の定期利用客はいないらしい。この先も、このような1日の乗車人員1人以下の駅が多い。 |
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8:21、美深。6人下車、1人乗車。
8:44、豊清水。特急と交換。この特急は稚内を6:36に出ているが、特急を使っても稚内〜旭川間は3時間40分を要し、札幌に着くころにはお昼時となる。 |
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9:05、音威子府(おといねっぷ)。時間・距離的にも、旭川から中間地点にあたる。2人が下車し、残りは明らかな旅行者のみとなった。特急も停車し、かつては天北線が分岐していた要所であるが、ここは村である。 |
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列車は左手に天塩川を見ながら北上する。糠南を過ぎたところで川と線路が急接近。この辺りで宗谷管内に入る。
10:31、幌延。22分停車する。曇っているせいか旭川より気温は低く、肌寒い。旭川から4時間半、約200キロを走ってきた。関東で言えば東京から郡山辺りまで来たことになるのだから、当然といえば当然か。
ここは国内では珍しくトナカイを飼育している町らしい。散歩の時間なのか、幼稚園児たちが先生に連れられホームに入ってきた。1日上下6本ずつしか来ない汽車は、この地の子供たちにとってはあまり身近な存在ではないだろう。
ここでは久しぶりに2人乗車。手を振る幌延キッズたちに見送られ、稚内へ向け出発した。
11:11、豊富。幌延からの1人が下車。5分停車し普通と交換。次の兜沼でももう1人が下車。ホームの端から下り、駅舎とは反対側の林の中に消えていった。再び旅行客4人のみとなり、これ以降、客が乗ってくることはなかった。 |
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抜海(ばっかい)付近では、広々とした草原に牛が放たれていた。周りを囲む柵はなさそうで、完全放し飼いのよう。こんなことは北海道でなければそう簡単に出来やしない。 |
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抜海を過ぎると、線路は丘陵を越えていよいよ稚内市街へ入っていく。途中、日本海を眺めることができるこの場所は、宗谷本線のハイライトだ。
丘を越えると、稚内の街が見えてきた。 |
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旭川から6時間、稚内に到着。宗谷本線の終点であるとともに、日本最北端に位置する駅だ。
かつては広い構内を持っていたこの駅だが、今では線路1本だけ。駅舎は道の駅やバスターミナル、映画館などの商業施設と一体化している。そばには離島へのフェリー乗り場もあり、街の交通機能をうまくまとめている。 |
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稚内駅前ターミナル 13:20発
↓宗谷バス天北宗谷岬線
宗谷岬 14:10着
宗谷岬 15:01発
↓宗谷バス天北宗谷岬線
稚内駅前ターミナル 15:53着 |
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稚内駅構内の食堂で昼食を取った後、宗谷岬へ向けバスに乗り換える。宗谷岬に向かうバスは、1989年に廃止されたJR天北線の代替路線としての役割も持っており、この便は同線の終点だった音威子府まで4時間をかけて走り通す。 |
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宗谷岬に向かう路線とあって、やはり観光客が多め。全員座って稚内駅前を発車。
宗谷岬までは片道50分、1,390円と、同じ稚内市内でありながら結構距離がある。あまり宣伝はされていないのだが、駅前ターミナルの窓口で宗谷岬までの往復割引乗車券が発売されている。残片がそのまま記念乗車証となるのでおすすめ。 |
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ついにこの旅の目的地、日本本土最北端の地、宗谷岬に到着。出発から延べ6日、鉄道乗車距離2121.2km(営業キロ計)でここまで辿り着いた。旅行好きなら一度は目指してみたい場所。観光バスやライダーも多く、とても賑わっている。
岬に着く頃には青空も広がっていた。天気の良い日は樺太(サハリン)が見えると聞いて期待していたが、残念ながらこの日はその姿を見ることは叶わなかった。
帰りも同じ路線バスで稚内へ戻る。先客はゼロであった。 |
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しかし稚内の良いところは「日本最北」とつければ何でも珍しく見えてしまうこと。「日本最北の宿」「日本最北の中学校」「日本最北のマック」といろいろある。写真は稚内駅南にある「日本最北の踏切」。観光パンフレットにも載っていたので訪れてみたが、別に何の変哲もない。名称は「大通り踏切」。普通である。
この日は神社の祭りだったようで、駅前の商店街は賑わっている。風が非常に強く、もはや寒いのだが、子供たちは平気で浴衣やスカートで歩いている。最北の人々は強いなぁ。
夜は旬のうに丼を堪能して、自身最長の乗り継ぎ旅を終えたのだった。 |