普通列車だけで下関まで行く旅、ただし裏道で……(その2)

 久しぶりに普通列車だけを使った旅行をしてみようと思いこの旅を計画。目的地は本州最西端の街・山口県下関。ただ東海道・山陽本線の最短ルートは、以前の青春18きっぷで鹿児島まで行く旅で乗車済み。そこで今回は中央・関西本線を経由して名古屋・大阪へ向かったり、乗車経験のない中国地方のローカル線を使うなど、マイナー、というかマニアックな「裏道ルート」で下関を目指すことにした。
 総行程は4泊5日、片道乗車券一枚だけを買って、普通列車だけで下関まで行ってきた旅の記録である。

 3日目は中国地方の山間部を通り、廃止が決まったあの路線へ。

普通列車だけで下関まで行く旅、ただし裏道で……(その1)へ

【3日目】
姫路 6:55発
↓姫新線1823D普通
播磨新宮 7:29着
この日最初に乗るのは姫新線。姫路から岡山県の北西部・新見を結ぶローカル線。
余部から来た列車が折り返すのだが、ドアが開くなり勢いよく大勢の客が駆け足で降りてきた。姫路近辺は通勤利用が多いようで運転本数もある。
対する乗車列車は、ひと駅毎に学生が乗ってきて次第に混雑。車内奥まで詰めて乗車しないことから乗降に時間がかかり始め、更に乗る方も急ぐ素振りを見せないことから、運転士がホームに降りて早く乗るよう煽りはじめた。何とか全員を乗せ終点、播磨新宮に到着。ホームは学生だらけ。
播磨新宮 7:45発
↓姫新線3823D普通
佐用 8:18着
ここで学生はいくらか下車したが、この先にも高校があるのか同じ制服を着た学生が一緒に次の佐用行きに乗り換えてきた。佐用に向かって再び混雑し始め立ち客もぎっしりだが、2両編成で9割超が同じ高校の学生。
こうなると車内でも学校にいるような気になってしまうので何でもし放題。実質スクール専用列車だ。
佐用 8:32発
↓姫新線2825D普通
津山 9:31着
賑やかな学生と共に終点の佐用に到着。学生を含め他の客は皆ここで下車してしまい、接続する津山行きへの乗り換え客は私だけ。車両も一世代前の小型車両キハ120形1両に変わり、わずか3人の客を乗せて寂しく佐用を発車した。
上月あたりでは白い鳥の群れが木々の上で休んでいるのが目立った。
車内はがらんとしていたが、美作江見から先の各駅で1人、2人とぽつぽつ乗車してきた。
津山 10:05発
↓姫新線859D普通
新見 11:47着
9:31、津山に到着。岡山第三の都市であるとともに県北の中心地。岡山とはここから津山線で結ばれており、因美線で鳥取とも繋がっている。
姫新線はさらに内陸部を横断し新見を目指す。乗客は終点の新見まで、終始5,6名だった。
津山では約30分の待ち時間があったので、一度外に出て売店へ。新聞を買うついでにおやつになるものをと思い手に取ってみたのが、津山銘菓だという「桐襲(きりかさね)」。しっとりとした皮に白餡が包まれているのだが、なんだか酸っぱいような不思議なお味。裏を見てみて納得、柚子が入っているらしい。
久世で津山行きと交換。
10:56、中国勝山に到着。真庭市の代表駅で、湯原温泉や蒜山高原へはここからバスが出ている。
旧国名を冠する駅名が多い中、ここは「中国」と地方名を冠し大胆。例えるなら千葉の安房勝山駅が「関東勝山」と言っているようなものだ。
もうすぐ12時となるところで姫新線の終点、新見に着いた。次に乗車する列車まであと1時間強。待ち時間を使って昼食とする。地のものを、とも思ったが、駅前にある食事処「伯備」の店先に出ていた「日替わり定食670円」の文字に惹かれて店内へ。唐揚げ、煮物、小鉢に茶わん蒸しがついてご飯おかわり自由ときた。なかなかいい感じだった。
新見 13:01発
↓芸備線443D普通
備後落合 14:25着
続いて乗車するのは芸備線。三次(みよし)を経由し広島までを結ぶ路線だ。今回の行程づくりを悩ませたのがこの区間。この先の備後落合まで行く列車は1日3往復で、そのうち三次方面へ接続があるのは2往復のみなのだ。

新見発車時点で乗客は12人。早速、西日本屈指の秘境駅で知られる布原で2人も下車。約30分で着いた東城は、沿線では比較的大きい街で半数がここで下車。東城を過ぎると次第に山奥に入り、川沿いをコトコト進んでいく。

ところで先ほどの姫新線もそうだったが、走行中、何もないところで突然速度を落とすことが多い。これは徐行することで落石との衝突を防いだり、設備の劣化を遅めて保守費用を抑えるのが目的らしく、西日本のマニア界ではこれを「必殺徐行」などと呼ぶらしい。
東城からさらに約50分、山あいにある備後落合に到着。既に次の三次行きが向かい側に停まっていた。新見方面と三次方面はここで乗換となるほか、宍道から来る木次線も合流している。しかし駅は無人で、駅前には人影もなく寂しいところ。とはいえかつては急行も停まり、運行上の要所として大変賑わっていたそうだ。
備後落合 14:43着
↓芸備線359D普通
三次 16:03着
しばらくすると木次線の列車が到着。向こうの乗客も数える程度だが、互いのホームを乗り換え客が行き来した。時刻表を見る限り、3本の列車が並ぶのは1日のうちこのタイミングだけ。寂れた無人駅が少しばかり賑わいを取り戻した。

木次線からの乗り換えもあり備後落合発車時点で乗客は4人。車両は相変わらず佐用から乗っているキハ120形だが、管轄が岡山支社から広島支社になったことでラインの色が青と赤に変わった。
備後落合を出発後、一向に速度が上がらない。次の比婆山まで14分かけて「必殺徐行」を守り抜いた。こんなようなことがこの後何度も続き、さすがにイライラしてくる。

ゆっくりと山を下り、広島ながら豪雪地として知られる備後庄原を過ぎると次第に田園地帯が広がってきた。

備後落合から約1時間20分で三次に到着。多くの乗客は広島目指して向かい側に停まっていた快速みよしライナーに乗り換えていった。
  次の列車まで1時間。時間潰しに街中を一周してみた。写真は駅北西にある巴橋から見た馬洗川。6月からはこの場所で三次の伝統行事である鵜飼が行なわれるそうだ。
それにしても、道を歩いていると「中本薬局」「純喫茶ナカモト」「中元クリーニング」……三次は「ナカモト」さんが多いのだろうか。
三次 17:02発
↓三江線432D普通
潮 18:28着
三次から乗車するのは三江線。これで日本海側に抜ける。これが今回の旅のメインイベントとというべきだろうか。かなり前からこの旅の計画は立てていたのだが、後回しにしていたうちに来年3月末の廃線が決まってしまい、最初で最後の乗車となるだろう。
車両は「三江線神楽号」の1両。沿線で盛んな伝統芸能である神楽にちなんだラッピング。
12人の客を乗せ三次を発車、次の尾関山でも1人乗ってきた。ほとんど地元客のよう、学生は数人。尾関山を過ぎると江の川を渡った。三江線は終点までこの川沿いを進む。
三江線の運行は1日約5往復。閑散ローカル線で各駅停車しか走らない三江線の中でも、写真の長谷駅は唯一、半分の列車が通過してしまう駅。そばに小さな集落があるだけの山中だが、なんと1人乗車。しかしカメラ片手にリュックサック。旅行者のようだ。
列車は江の川沿いをゆっくりと進んでいく。車窓を眺めているうちに気になったのだが、この沿線、なんだか瓦屋根が赤い家が圧倒的に多い。鉄を含んだ土を原料にしていることに起因するらしく、この地方ではよくみられる街並みなのだそうだ。
18:00、口羽では対向列車と交換。向こうは2両編成だ。三次の発車から1時間とはいえ進んだ道のりはまだ28.4km。徐行区間が多く速度が遅いこともさることながら、ローカル線の割に駅間が短い。小さい集落一つ一つに駅を置いている感じだ。
ちなみに車内はというと、先ほど長谷から乗車があったのを最後に、船佐、所木、信木と各駅1〜3名ほど降りていき、口羽発車時点で2人になってしまった。もう1人も旅行者のようだ。おそらく土・休日や青春18きっぷの時期はもっと乗車しているのだろうが、これが普段の姿といったところか。

「天空の駅」で知られる宇都井を過ぎ、私は今日の宿泊地である、潮(うしお)という途中駅で下車。既に島根県に入っている。残るただ一人の客を乗せて列車は発車していった。
そばに江の川が流れ、駅前には小さな商店と家が数件あるだけで人影もない。最後に記録がある2014年度の1日乗車人員は0人。列車が離れて行ってもディーゼル音が遠くから聞こえ続けた。
 潮駅から歩いて3分。今日の宿はここ「潮温泉大和荘」。三江線沿線では貴重な駅近宿だ。潮温泉は、猟師が逃がしてあげた狐がそのお礼に見つけて教えてくれたと伝わる温泉で、その湯は塩分を含みしょっぱい。宿はここ1軒だけで、この日は地元の日帰り客のほか、工事関係者と思われる宿泊客が多く、旅行客は目立たなかった。
 このような旅だと、どうしても大きい駅前のビジネスホテルに泊まることが多くなってしまうのだが、風呂も気持ちよかったし、食事もボリュームがあり、のんびりとしたいい宿に泊まることができた。

普通列車だけで下関まで行く旅、ただし裏道で……(その3)へ

鉄道旅コーナーへ戻る