外房線旧線跡探訪

太東〜長者町間
 外房線の上総一ノ宮以南は輸送量も少なく、費用対効果面から線路付け替えを行うほどの必要性はなかったようです。複線化も勝浦まで計画されたものの1995年に御宿〜勝浦間、1996年に東浪見〜長者町間が行われたのみでそれ以降は凍結されてしまいました。それでも1980年頃にルート変更を行った区間が太東〜長者町間と御宿〜勝浦間の2箇所ありますが、後者の旧ルートは複線化の際に現在の下り線(一部区間上り線)として再利用(新ルートを現在上り線(一部区間下り線)として利用)されたため、旧線跡として実質残るのはこの太東〜長者町間のみです。
 この区間は、太東を出てすぐに夷隅川を渡るために橋が架かっていましたが、新ルートは川を渡る区間前後のカーブを緩やかにし、その区間を含めて高架線で建設されました。この時すでに高架区間は複線化できるよう線路2本分で建設され、単線時代は現在の上り線側を運転していました。この区間を含めた東浪見〜長者町間は1996年11月に複線化され、これが実質的に外房線最後の複線化区間となりました。


赤線が旧線ルート。右下の+−で地図の拡大・縮小ができます。
ポイントと、それをクリックすると表示される番号は下の写真の位置です。


@太東駅のすぐ横にある後田踏切から、旧線は現在の線路よりも西側へカーブしていきます。 A現在の線路から徐々に離れていきます。
Bカーブの先で道路と交差し、夷隅川を渡ります。 Cこの先に鉄橋が架かっていますが、草に覆われて正面からはよく見えません。
D夷隅川に架かる旧橋梁。上には線路も残っておりほぼ原形はとどめています。奥の高架橋が現在の線路。 E川の反対側へ向かいます。すぐ近くには渡れる橋はなく、上流下流どちらかへ大回りしなくてはいけません。橋を渡った旧線は、築堤をおりながらカーブします。写真は太東方面。なおこの築堤は周辺の農地の区画整理により、現在写真のように残っていません。
FEの反対側を見る。県道と交差。特に踏切の跡はありません。さらにカーブし住宅の間を進みます。ここからKまでの区間は、周辺の農地の区画整理により現在は用水路と農道(砂利道)になっており、跡はなくなってしまいました。 G住宅との間の垣根が旧線に沿って植えられています。
HGの先、カーブが終わると直進して現在の線路へ向かいます。写真は太東方面を見る。 I道路との交差部。旧線のものでしょうか、用水路に架かる橋桁。
J道路と交差し、直進します。このあたりの旧線跡は大体雑草が生えていて周りの水田とよく区別がつくのですが、この時には草が刈られていました。 KJの先、押沼踏切の手前で現在の線路と合流します。旧線は写真中央の木々がある部分。

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