ご当地駅メロディー資料館-ご当地メロディー
JR豊後竹田駅

豊後竹田駅
豊後竹田駅の駅舎は岡城を模している。奥の崖には滝が流れ、情緒があふれる
荒城の月
(JR豊肥本線豊後竹田駅 到着)

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電子音、〜1988年
荒城の月[動] 斉唱、1988年〜

 大分県竹田市のJR豊後竹田駅では列車の到着時に、作曲家・瀧廉太郎(1879-1903)の代表作「荒城の月」がホームで流れている。これは同市にある岡城址が曲の着想を得た場所といわれているためだ。瀧は地方官(現在の都道府県知事)だった父と共に各地を転々と移り住み、幼少期に現在の同市にも滞在していた。流れるのは斉唱で、竹田市少年少女合唱団が歌っている。
 
 当駅における駅メロディーの歴史は非常に古い。1951年5月14日に当時の竹田町民から贈られたレコードを、改札係が拡声器を使って流したのが始まりである。列車の発着のたび、一日に何回も流していたことからレコードや再生機の針がすぐに使えなくなってしまったそうだ。その都度、レコードは町役場から補充してもらっていたそうだが、放送開始から12年で80枚以上も使ったという。1960年頃には同じ瀧作曲の幼稚園唱歌「菊」も流されていた。当時は駅で音楽を流すことは珍しく、「『何時の列車で駅を通るからぜひ音楽をきかせてほしい』という申し込みまで届くようになった」(大分合同新聞より)という。

 実はこの駅メロ、あの有名小説家の作品にも登場する。ノーベル賞作家・川端康成(1899-1972)の小説「波千鳥」で、登場人物の女性が竹田を訪れた際に書いた手紙の中で「(豊後)竹田の駅では、豊肥線の汽車が着いて出てゆくたびに、『荒城の月』の唱歌を聞かせます。」と綴っている。更には「竹田駅で『荒城の月』を聞いて、私はあのころ(主人公と恋をしたとき)のおののきを思い出した」とまで書いており、駅メロディーをきっかけに話題が展開していく。川端がこの作品の執筆のため竹田を訪れたのは1952年10月と53年6月で、実際にこのレコードを聴いていたのであろう。

 本曲は瀧の没後に作曲家・山田耕筰(1886-1965)が編曲した経緯があり、一般にも編曲版の方が広く知られている。駅でも昭和後期には電子音の編曲版が使われていたが、瀧ゆかりの地では原曲がふさわしいという声を受け、市が原曲版の録音に着手。カセットテープを駅に寄贈し、1988年7月19日から現在の音源が使われるようになった。

(参考:1963年4月26日大分合同新聞、1988年7月21日同紙、2014年4月15日朝日新聞「朝日マリオン ひとえきがたり」)

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